老人運転は危険か 高齢者ドライバーの事故激増のウソを暴く

近年、高齢者ドライバーによる痛ましい事故の報道が増えており、高齢者の免許証返納を即す主張や、法令や適性検査の強化による高齢者ドライバーへの規制の図ろうと言う声が大きくなっています。
認知症発症者は別として、本当に高齢者ドライバーは危険なのでしょうか?
また、地域や環境により、高齢者でも運転が必要な人は大勢います。特に過疎地ではバスや電車などの公共交通機関が無く、代わりに運転してくれる若者もいないなど、代替手段がなく必要に迫られて運転している高齢者がたくさんいます。
高齢者ドライバーにとっての朗報は、近年、自動運転システムが急速に進歩しており、アクセルとブレーキの踏み間違い、急加速や急発進の防止など、事故防止の技術は日進月歩で進んでいます。
一部の過疎が進む自治体では、高齢者ドライバーに対して補助金を支給し、自動運転システムの導入を促進しているところが有ります。
障がい者に対しては一定の条件を満たせば、改造を施した専用車での運転を許可している様に、高齢者も障がい者と考え、同様に改造を施した専用車で特定の免許証を発行してみるなど、もう少し突っ込んだ行政による高齢化社会への対応を考えた方が良いように思います。
以下は『老人運転は危険か 高齢者ドライバーの事故激増のウソを暴く』と題した面白い記事が有りましたので掲載しました。

『Voice』 2017年1月号より
小浜逸郎(批評家)

免許返納制度強化への異論

客:久しぶり。この前会ったときよりだいぶ老けたな。

主:なにしろ、もうすぐ古希だからな。そういうおぬしも人のことは言えんぞ。

客:そりゃそうだ。ところで君はまだ運転やってるのか。
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主:何だ、やぶからぼうに。まだやってるよ。仕事で必要だしドライブは好きだからな。

客:いや、最近ほら、高齢者ドライバーが起こす事故が連続して起きているだろう。ここに新聞を持ってきたんだが、十一月十二日、立川市で乗用車が歩道に乗り上げ二人死亡。十日には栃木県で乗用車がバス停に突っ込み三人死傷。十月二十八日には横浜市で軽トラックが小学生の列に突っ込み七人死傷。十三日にも小金井市と千葉県で交通死亡事故。運転していたのはいずれも八十歳以上の高齢者とある。こう続くと俺も運転するのが怖くなってくる。

主:たしかに年を取ると、自分ではちゃんとしているつもりでも判断能力や運動神経がどんどん鈍ってくるからな。俺も気を付けるようにしてはいるけどね。

客:しかしこの横浜の事件では、認知症の疑いがあったそうだ。認知症だったら「気を付ける」なんて次元の問題じゃないだろう。

主:その人はいくつだったの。

客:八十七歳。

主:八十七歳かあ。そんなに高齢じゃ、認知症を疑われるのも無理はないな。家族がちゃんと監視して運転をやめさせるべきだな。


客:いや、一人住まいだったのかもしれない。孤独な老人が増えてるからな。それに、認知症でなければいいのかというとそうも言いきれないだろう。あと数年で俺たち団塊も七十五歳だぞ。こういう事件がどんどん増えるんじゃないか。

主:でも、地方の過疎地域なんかでは車がないと買い物にも医者にも行けない人が多いんだろう。簡単に免許返納というわけにもいかんじゃないか。

客:自動運転車の早期実用化や地域の協力体制が求められるな。でも、それを待っているあいだにも事故は起きるだろうしな。だから、どうしても規制強化が必要だと思う。

主:いまの道交法では、高齢者の免許に対する規制はどうなっているんだっけ。

客:七十五歳以上の免許更新時に認知機能検査をやって、「認知症の恐れがある」とされても、交通違反がなければ免許の取り消しとはならないんだそうだ。これははなはだ不十分だな。で一応、二〇一七年三月の改正道交法では、「恐れがある」場合には医師の診断が義務付けられて、認知症と診断されると免停か取り消しになることになってる。俺はこれでも甘いと思うよ。さっき言ったように、認知症でなくたって危ないからな。

主:そうすると、君の考えでは、免許返納を制度面で強化することと……。

客:うん。高齢者の自覚を促すキャンペーンを盛んにして、家族もこれに協力して自主的な免許返納のインセンティブを高める必要があると思う。俺ももうそろそろ免許証を返上しようかと思ってるよ。君も考えたほうがよさそうだぞ。自信過剰は最大の敵だ。

主:なるほど。われわれは都会に住んでるから、車がなくてもなんとかやっていけるしな。でも俺の場合はいまのところどうしても必要だから、できるだけ慎重な運転を心掛けて、もうちょっと続けることにするよ。ところでこれはけっして自信過剰で言っているんじゃなくて、免許返納制度の強化というのにはちょっと異論があるな。

客:どうして? 免許を更新するときにもっと厳しいテストを課せばいいじゃないか。

主:それは口で言うのは簡単だけど、膨大な免許保有者に対していちいち時間のかかる厳しいテストを課すことが、いまの警察の限られた交通安全対策施設や人員で可能だろうか。

客:それは、ITをフルに活かした最新鋭の診断システムを導入するとか、早急に増員を考えるとかすればいいだろう。

主:それだって、そうとう時間がかかるぞ。君がさっき言っていたとおり、そういうシステムが整うのを待っているあいだにも事故は起こるだろう。しかも一律規制を厳しくして、テストに引っ掛かった過疎地の人はどうするのかね。

客:……。

高齢者が起こす事故は本当に多いのか

主:じつは俺の異論というのは、いま話したような問題点だけじゃなくて、もっと根本的な疑問に関わっているんだ。昔と違っていまの時代は、ふつう想像している以上に元気な高齢者がわんさかいる。また、最近は車の性能がすごく進化しているから、歩いたり走ったりするのが困難な人でも精神さえしっかりしていればむしろ運転のほうが容易な場合が多い。そういう人たちの意思や行動の自由を拘束するのはあまりよくないと思う。身体障害者に対しては、条件さえ整えば健常者と同等に免許が取れるように制度が整備されてきたよね。精神は確かだけど体にガタがきている高齢者って、一種の身体障害者だと思うんだ。そうすると、たんに高齢者だからという理由で規制を厳しくするのは矛盾してないか。

客:そうはいっても、その意思や行動の自由が、生命を奪うことになりかねないんだぜ。これは「個人の自由」を尊重するか、「生命の大切さ」を尊重するかという問題で、俺は無条件に「生命の大切さ」を選ぶね。だって、当の高齢者ドライバー自身の命も懸かってるんだし、たとえドライバーが命も失わず怪我も負わないにしても、人を殺めてしまったら、加害者やその家族のほうも計り知れない有形無形の苦痛を背負うだろう。

主:待て待て。そう興奮するな。いま君の議論を聞いていて気付いたんだが、「個人の自由」か「生命の大切さ」かというような抽象的な二項選択問題に持って行く前に、もっと冷静に考えておくべきことがある。いままで俺たちは、高齢者ドライバーの引き起こす事故が増えていることを前提に議論してきたよな。でも、それって本当なのかね。

客:だって、現にこんな短期間に八十歳以上のドライバーが次々に事故を起こしている事実が報道されているじゃないか。まさか君はそれを認めないわけじゃないだろう。

主:個々の事故報道を疑っているわけじゃないよ。だけど、「超高齢社会・日本」というイメージがわれわれほとんどの日本人の中に刷り込まれていて、それに絡んだ問題点を無意識のうちに拡大して捉えてしまう傾向が、もしかしたらありゃしないだろうか。昔からよくいうよな、「ニュースは作られる」って。これはニュースの発信者と受信者が同じ空気を醸成していて、いわばその意味では、両者は共犯者なわけだ。発信者は「八十七歳の高齢者ドライバーによる死亡事故がありました」と報道する。聞くほうも、「えっ、それはたいへんだ。そんな高齢者に運転させるのは間違いだ」と即座に感情的に反応してしまう。そこから「規制をもっと強化しろ」という結論までは簡単な一歩だ。

客:しかしごく自然に考えて、年を取れば取るほど生理的に衰えてくるから、運転の危険度も増すことは否定できないだろう。君だってそれは認めていたじゃないか。

主:もちろん認めたよ。でもそれを認めることと、高齢者への運転規制を強化しろという結論を認めることとのあいだには、まだ考える余地があるといっているんだ。俺が何でこんなことにこだわるかというと、俺たちはマスメディアの流すウソ情報にさんざん騙されてきたからだ。たとえば旧帝国軍隊は韓国女性をいわゆる「従軍慰安婦」として強制連行しただとか、三〇万人に上るいわゆる「南京大虐殺」があっただとか、アメリカは自由・平等・民主主義といういわゆる「普遍的価値」のために戦ってきただとか、ヨーロッパを一つにするEUの理想は素晴らしいだとか、自由貿易を促進するTPPは参加国の経済を飛躍的に発展させるだとか、いわゆる「国の借金」が国民一人当たり八〇〇万円だから、財政を健全化させるために消費増税はやむをえないだとか、トランプ候補はとんでもない差別主義者で暴言王だとか……。だけど、これらはよく調べてみると全部デタラメだということがいまでははっきりしている。

客:わかった、わかった。それが君の持論だということは俺も君の本(*注1)やブログ(*注2)を読んだから認めるよ。だけど高齢者ドライバーがもたらす危険性については、事実が証明しているんじゃないか。少し疑り深くなりすぎてやしないか。

主:そうかもしれない。じゃ、ちょうどパソコンの前に座っているから、はたして高齢者ドライバーが起こす事故が、他の世代に比べて多いかどうか調べてみようじゃないか。

客:もとより異存はないよ。

(主、しばらくパソコンを操作する)

マスメディアの情報に踊らされてはダメ

主:まず、こういう資料が出てくる。内閣府のデータ(*注3)だが、交通事故の「死者数」はここ十三年間減少の一途で、平成二十五年では四三七三人、うち六十五歳以上の死者は二三〇三人で、やはり減少気味だが、他の世代の減少カーブのほうが圧倒的に急なので、交通事故死者全体の中で占める割合としては増加していることになる。でも、これは「被害者」のほうだからね。歩いている老人がはねられるというケースが多いんだろう。

 このことは別の資料(*注4)に当たってみると確かめられる。歩行中が一〇五〇人くらいで、約半数。自動車乗車中は六〇〇人から七〇〇人のあいだを推移していて横ばいだ。「乗車中」ということだから「運転中」はもっと少ないことになるよね。いずれにしても、「高齢者は交通事故に遭いやすい」ことは当然で、それは高齢者ドライバーが他人を殺める割合が高いかどうかとは直接の関係がない。でも世間では「高齢者は危ない」というイメージを抱いていて、そのことと、「高齢者ドライバーは事故を起こしやすい」という先入観とを混同しているんじゃないかな。だから報道の関心がそちらのほうに集中して、そういう事件を好んで取り上げるようになる。どうもそう思えるんだけどね。
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客:先入観か事実かどうか、まさにそこを調べるわけだろ。

主:そのとおり。その前に、君が初めに挙げた五つの事故の「死亡者」は、全部合わせると六人になる。約一カ月のあいだに六人という数字は、年間に換算すると七〇人余り。亡くなった方には不謹慎な言い方になって申し訳ないが、この数字は、現在の年間交通事故死者総数約四〇〇〇人という数字に比べて多いといえるだろうか。割合にするとわずか一・八%にしかならないよ。もっとも八十歳以上の高齢者ドライバーの数はすごく少ないだろうし、また報道されない事故があった可能性もあるけどね。

客:もう少しびしっと結論付けられる資料はないのかな。

主:それをいま探しているところだ。……あった、あった。これは少し古いが決定的だ(*注5)。丁寧に読んでみてくれ。(一部語句、改行など変更)

 平成二十四年の六十五歳以上のドライバーの交通事故件数は、一〇万二九九七件。十年前の平成十四年は八万三〇五八件だから、比較すれば約一・二倍に増えている。これだけを見ればたしかに「高齢者の事故は増えている」と思ってしまうだろう。しかし、六十五歳以上の免許保有者は平成十四年に八二六万人だったのが、平成二十四年には一四二一万人と約一・七倍となっている。高齢者ドライバーの増加率ほど事故の件数は増えていないのだ。
 また、免許保有者のうち六十五歳以上の高齢者が占める割合は一七%。しかし、全体の事故件数に占める高齢者ドライバーの割合は一六%で、二十代の二一%(保有者割合は一四%)、三十代の一九%(同二〇%)に比べても低いことがわかる。
 年齢層ごとの事故発生率でも比較してみよう。平成二十四年の統計によれば、十六~二十四歳の事故率は一・五四%であるのに対し、六十五歳以上は〇・七二%。若者より高齢者のほうが事故を起こす割合ははるかに低い。この数値は三十代、四十代、五十代と比較して突出して高いわけでもない。
 また、事故の〝種類〟も重要だ。年齢別免許保有者一〇万人当たりの死亡事故件数を見ると、十六~二十四歳が最も高く(八・五二人)、六十五歳以上はそれより低い件数(六・三一人)となっている。

客:うーむ。

主:つまり、これから推定できることは、認知症の人は別として、高齢者は概して自分の心身の衰えをよく自覚していて、また経験も豊富なので、慎重な運転を心掛けているということになる。だから、マスメディアの流すイメージを鵜呑みにして、「高齢者の免許証を取り上げろ!」などと乱暴なことを言う人が多いけど、それはナンセンスだな。俺のドライバー歴は約三十年だけど、俺も若いころのほうが事故を起こしていたよ。ここのところけっこう車を使っているが、十年ばかり無事故だ。でもたしかに自信過剰は禁物だね。また一口に高齢者といっても、六十五歳と七十五歳と八十五歳とでは衰え具合が全然違うだろう。その辺のきめ細かな分析視点も大事だと思うよ。


客:うーむ。マスメディアの流す情報に踊らされてはダメだということだな。俺も免許証返上や規制強化論については、少し考え直すことにしようか。

こはま・いつお 批評家。1947年、横浜市生まれ。横浜国立大学工学部卒業。 2001年より連続講座「人間学アカデミー」を主宰。家族論、教育論、思想、哲学など幅広く批評活動を展開。現在、批評家。国士舘大学客員教授。著書に、『日本の七大思想家』(幻冬舎新書)、『デタラメが世界を動かしている』『13人の誤解された思想家』(ともにPHP研究所)など多数。

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